揺るがない自分
背に腹は代えられない
いつも相手の性格の何かが気に障り、仕返しをする醜い妄想をしている自分はどの様に見えているでしょうか。
問題を悪化させていけば、あなたの憤りは、あなた自身を憤りを覚えているその相手の化身に変えていきます。
難しい人たちと付き合っていくためには、自分自身の幸せの価値を適切に評価し、自分にとって何が必要なのかを考えてみるのが大切です。
金儲けや生活の維持に必要だからと、自分が我慢できない人物と一緒にいるのは、苦痛しか生みません。
十分な対価さえあれば、人は何でも我慢できると言われています。でも、問題は、それが十分な見返りかということです。今日の厳しい経済状況では、以前は「二度とごめんだ!」と誓った相手からも離れられないかもしれません。
その人とどうしても付き合わなくてはならないのなら、より一層抜け目なく振る舞まえば良いでしょう。
でも、そういった状況では、態度や対応の質までは気が回りません。何故なら、自分が敬意を払えないを人を感心させたいとは思わないからです。
唯一の方法としては、相手が別の人間と仮定するか、あるいは相手はそこにいないとものとして行動することです。
生命の樹
罪と罰
生命の樹 (Tree of life) とは、エデンの園の中央に植えられた木を指します。生命の樹の実を食べると、神と同じ永遠の命を得るとされています。
神の教えに背いて、イブがアダムに食べさせたのは、リンゴの実(知恵の木の実)でした。二人がエデンの園を追放された理由は、神の教えに逆らったからだけではありません。もしその後、命の樹の実まで食べてしまうと、二人は、神の禁令を破った罪を背負ったまま永遠に生きなければならなくなります。
そうなる前に、神はアダムとイブをエデンの園から追放したのです。多くの解釈では、人は、神の罰を受けて(原罪を背負って)理想郷から追放されたと理解されていますが、むしろ、人が永遠の罪を背負うことがないように、その危険から遠ざけたと考えた方が賢明ではないでしょうか。
自分に似せて作った人を、神は愛し、大切にしているのです。
自由意思
人生の主導権
人は自らの自由意志のもとに行動していると考えがちです。
でも、実は、人間の行動は獲得した情報に大きく左右されています。人は、決まった反応をする可能性が高いのです。その方が楽だからです。
別の言い方をすると、獲得した情報に対してどういう反応をするかを知っていれば、適切な情報を与えることで、狙った人をたやすく操れるということになります。
この性質は、宣伝などで良く利用されます。自由意志で行動しているはずなのに、その実態は、情報提供者の意向に左右されてしまう可能性があるのです。
自由意志という言葉の土台はこの様に大変危ういものです。