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2025 04 |
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日本の武道および芸道において用いられる言葉です。残身や残芯と書くこともあります。
技を終えた後に、力を緩めていても注意を払っている状態を表します。終わったら忘れてしまうのではなく、余韻を残すという日本の美学や禅と関連する概念でもあります。
新聞記事に載っていた、関大国際部准教授を務め、剣道7段として日本の強豪を次々と打ち負かしてきたニュージーランド出身のアレキサンダー・ベネットさんの言葉に感動しました。非日本人でありながら、まさに武士の言葉です。以下にそのインタビューの抜粋を載せます。
「周囲のことに常に気を配り、油断をしない心のありかた。起きてしまったことを受け入れ、それがミスなら、自分に余裕がなかったことが原因と考える。そういう心境こそ失敗を防ぐことにつながる。」
クレアボヤンスとしてあるいはヒーラーとして、私達が日々念頭に置く様に心掛けている事を、剣道を通して自然と体得しています。更に、
「試合でも練習でも道場を離れた日常生活でも、ほどよい緊張感とゆとりが均衡を保つ境地。加えて言うなら他者への感謝と自らの慢心をいさめる気持ちを持ち続けること。」
まさに、武道とは、スピリチュアルの真髄と見たり、です。
ドリス・デイのケセラセラという歌が、何故か良く口に出てきます。
「実現していない未来を心配しても仕方ない、なるようにしかならないのよ」っていうのが歌の骨子です。
嫌なことがあっても、それがなかったら今のこの幸せは手に入らなかったんだなって思えるようになってきました。